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那覇地方裁判所沖縄支部 平成7年(ヨ)155号 決定 1995年12月26日

甲事件債権者兼乙事件債務者

(以下「甲事件債権者」という。)

サテライト沖縄株式会社

右代表者代表取締役

太田範雄

右代理人弁護士

宮里啓和

甲事件債務者兼乙事件債権者

荷川取順市

外二一名

(以下「甲事件債務者ら」という。)

乙事件債権者

島袋善孝

外一八九三名

(甲事件債務者らはすべて乙事件債権者と重複するので、

以下、両者を総称するときは「乙事件債権者ら」という。)

右乙事件債権者ら代理人弁護士

池宮城紀夫

島袋勝也

主文

一  甲事件債務者らは、別紙物件目録一記載<省略>の各土地において、甲事件債権者が建築する別紙建物目録記載の建物の新築工事及び同工事の付帯工事並びに進入通路開設工事を妨害してはならない。

二  甲事件債務者らは、別紙物件目録二<省略>記載の通路に、通行の妨害となるような柵その他の工作物を設置するなどして甲事件債権者の通行を妨害してはならない。

三  乙事件債権者らの申立てをいずれも却下する。

四  申立費用は、甲事件につき甲事件債務者らの負担とし、乙事件につき乙事件債権者らの負担とする。

理由

第一  申立て

一  甲事件

主文第一項及び第二項と同旨

二  乙事件

甲事件債権者は、別紙物件目録一記載の各土地(以下「本件土地」という。)上において、久留米競輪の専用場外車券売場(以下「本件建物」という。)の建設工事を続行してはならない。

第二  事案の概要

本件建物を本件土地上に建設している甲事件債権者が、これに反対する近隣住民である乙事件債権者らの一部の甲事件債務者らに対し、右建設工事が妨害されており、回復不可能な被害を被る恐れがあるなどとして、専用道路の通行権及び建物新築権に基づき通行妨害禁止及び工事妨害禁止の仮処分を求めた事案(甲事件)、及び、乙事件債権者らが甲事件債権者に対し、本件建物建設工事が乙事件債権者らの人格権を侵害する蓋然性があり、回復不可能な被害を被る恐れがあるなどとして、右建設工事差止めの本案訴訟を提起した上、人格権及び土地所有権に基づきその続行禁止の仮処分を求めた事案(乙事件)である。

一  甲事件債権者の主張

(被保全権利)

甲事件債権者は、平成七年一月二七日申請にかかる本件建物の建築確認を受けた。そして、本件建物を建築するため、同年七月二〇日ころ工事用道路の開設のための工事に着手した。甲事件債権者の行う建築工事及びその付帯工事は、代表者である太田範雄が個人で所有するか同人が代表者である太田建設株式会社(以下「太田建設」という。)が所有し又は借地権を有する土地内に適法に建築確認を受けたものである。

よって、甲事件債権者は、専用道路の通行権及び建物新築の権利を有している。

(保全の必要性)

甲事件債務者らは、平成七年八月一日午前、本件建物の建築工事の道路位置指定道路入口道路に自動車二台を放置し、仮設用テントを設置して同所に常時一〇人以上の者が座り込みをして、右道路を封鎖している。その結果、工事現場からの土砂の搬出や工事用機材の搬入が妨害され、同日以来工事用仮設道路開設工事が遂行できない状態にある。

甲事件債務者らは、今後とも右妨害行為を継続することを表明しており、仮処分により妨害禁止の命令を得てこれを排除しなければ、甲事件債権者は、後日、本案訴訟において勝訴判決を得ても、回復しがたい損害を被るおそれがある。

二  乙事件債権者らの主張

(被保全権利)

1 当事者

乙事件債権者らは、本件土地の近隣地域に居住している者及び近隣職場に通勤する者である。

甲事件債権者は、イベントの立案、企画、運営、管理及び不動産の売買等を業とし、本件土地上に本件建物を建築して、競輪施行者の福岡県久留米市に施設を提供してその運営を計画しているものである。

2 競輪車券売場の建設

甲事件債権者は、平成三年一一月一九日通産大臣から久留米市が施行する久留米競輪の専用場外車券売場の設置許可を得た。

ところが、本件土地の近くには保育園や県立小児発達センターがあり、また一〇〇〇メートル以内には小中学校があり、競輪専用場外車券売場の設置基準に適合しないことは明白である。また、通産大臣への許可申請に必要な沖縄市長の同意書は偽造文書であるか、偽造でないとしても権限のない者によって書き換えられた文書であるから、通産大臣の設置許可には、重大な瑕疵がある。

3 競輪車券売場建設による乙事件債権者らへの被害

① 教育環境の破壊

本件土地の近くには、小中学校があり、公営とはいえ賭博場を設置することは二一世紀の沖縄や世界を担う子供らの良好な環境を破壊する。

② 生活環境の破壊

本件土地の付近は、沖縄市のHOPE計画によって、二一世紀に向けより豊かで平和な住宅環境の整備を中心として事業が推進されている。現在すでに大型スーパー等の進出があり、県営総合運動公園等文化的かつ健康的な福祉施設を含む各施設が有機的に機能する都市地域として位置づけられている。このような環境の中に本件建物が開設されると、交通渋滞を引き起こし、平穏な住環境が破壊され、良好なコミュニティ形成やまちづくり等に回復不可能な影響が生じる。

③ 犯罪の発生

賭博による借金のため、高知県において誘拐事件が発生したり、銀行強盗やサラ金強盗など、賭博にまつわる事件は後を絶たない。暴力団員らによる事件も多々発生している。公営とはいえ、賭博は本質的に悪であり、犯罪を誘発しやすい。

④ 沖縄市のイメージダウン

沖縄市は、米軍嘉手納基地に市の大きな地域を占有され、「基地の街コザ」のマイナスイメージを今もって払拭できずにいる。さらに本件建物が建設されると、沖縄市のイメージは一層悪くなり、行政上のみならず、市民生活にもその影響は大である。

4 人格権に基づく差止請求

乙事件債権者らは、日本国憲法により、生命、自由及び幸福追求に対する権利(一三条)並びに健康で文化的な生活を営む権利(二五条)を保障されている。かかる憲法の規定を受け、民事上乙事件債権者らの生命、身体、健康のみならず快適でより良好な教育、福祉、文化や住環境を求める権利としての人格権を有している。かかる人格権が侵害され、又は将来侵害される蓋然性のある者は、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずる侵害を予防するために、当該行為の差止めを求めることができる。

本件建物の建設により、乙事件債権者らは、前項のような被害を被る蓋然性があり、これは社会生活上受忍すべき限度を超えるものである。

本件建物の設置及び営業によって侵害される利益は、単に乙事件債権者らの個人的利益に止まるものではなく、地域全体の住環境であるから、人格権の集合としての公益である。これに対し、甲事件債権者が本件建物を建設するのは、単なる私企業の利益追及のためでしかない。このように、公益と私益が対立する場合には、受忍限度論における比較考量に当たっても、当然公益が優先されるべきである。

5 土地所有権に基づく差止請求

乙事件債権者兼城賢松、同新城千賀、同新里トヨ子、同親川ツネ子、同喜名良子、同喜名兼治、同東恩納善弘(以下「乙事件債権者兼城ら」という。)は、太田建設と土地賃貸借契約を締結したが、当該土地は本件建物が完成した場合には来客用の駐車場として使用することが予定されている。ところで、右乙事件債権者らは、本件土地に太田建設が病院を建設するということで貸したのであり、本件建物の建設は目的外使用の契約違反にあたる。そこで、平成六年三月二一日、土地の賃貸借契約を解除した。

仮に、右契約解除が有効でないとしても、賃貸借契約書において、太田建設が他人に転貸する場合は事前に書面にて賃貸人の承諾を得る必要がある旨の条項があるので、賃貸人である乙事件債権者兼城らは、その承諾を拒絶する予定である。

よって、乙事件債権者らは、甲事件債権者に対し、人格権及び土地所有権に基づき本件建物の建設工事の差止めを求める権利を有している。

(保全の必要性)

本件建物が完成してしまうと、久留米市は事業を施行せざるを得ず、乙事件債権者らの被害は回復不可能な状態に至るので、事前に本件建物の建設工事を差し止める必要がある。

三  主要な争点

本件建物の建設によって、乙事件債権者らへの被害発生の蓋然性があると認められるか、認められる場合被害の程度が社会生活上受忍すべき限度を超えるかである。

第三  当裁判所の判断

一  疎明資料により一応認定できる事実は、次のとおりである(なお、甲事件債権者が提出した疎明資料を甲号証といい、乙事件債権者らが提出した疎明資料を乙号証という。)。

1  当事者

甲事件債権者は、本件土地上に福岡県久留米市が施行する競輪の場外車券売場として使用する目的で本件建物を建築して、これを久留米市に貸与しようとするものである(争いがない)。

乙事件債権者らは、甲事件債権者が本件建物を建設することに反対し、その建設を阻止するため、前記第二の二と同様の主張に基づき、乙事件の本案訴訟(当支部平成七年ワ第一九五号久留米競輪の専用場外車券売場建設工事差止請求事件)を提起しているものである(争いがない)。

乙事件債権者らは、本件土地の近隣住民又は近隣の職場に通勤する者で、本件建物から半径一キロメートル以内にそのうちの約一〇四〇人が、これに近接する沖縄市大里地区や同市高原地区等を加えた地域に約一五〇〇人が居住している(乙四七)。

2  本件建物建設に至る経緯

① 平成二年九月二七日、甲事件債権者代表者が中心となって、本件建物の建設と競輪の場外車券売場の営業を主たる目的とする甲事件債権者が設立された(甲八、一一、二九)。

② 甲事件債権者は、平成三年四月二五日付けで、沖縄市長の作成名義の同意書を得た(これについては、後述のとおり問題がある。)(甲八、一一)。

甲事件債権者代表者は、同年七月上旬、比屋根地区自治会の評議委員会において、本件建物の建設計画について説明し、理解を求めた。甲事件債権者は、同年八月、本件建物の建設同意書に比屋根地区及び与儀地区各自治会の評議委員等一五名の署名を得た(甲八、一一)。

③ 甲事件債権者は、同年一一月一一日、沖縄開発庁沖縄総合事務局長宛てに、サテライト沖縄設置許可の申請を行い、同月一九日、通産大臣から右設置許可を得た(争いがない)。

④ 平成四年六月一五日、沖縄市教育委員会が本件建物の建設に反対を表明したのに続き、同月一三日、比屋根地区自治会が臨時総会において、本件建物の建設反対を決議した。同年九月二八日には、沖縄市議会が本会議で本件建物の設置反対に関する要請決議をした(乙四ないし八、九四)。

⑤ 甲事件債権者は、平成六年七月一一日、本件土地と道路(都市計画道路3.5沖四号比屋根線)との間に存在する建設省所管公共用財産である里道を道路位置指定を受けるため工事することの承認を沖縄県知事から得た(甲六)。

甲事件債権者は、平成七年四月四日、本件土地上に延べ面積4067.318平方メートルの鉄骨鉄筋コンクリート造三階建競輪投票券発売所一棟の建築工事及びそれに付帯する擁壁工事につき、沖縄市から建築確認を得た(甲一、二)。

⑥ 沖縄市長は、同年一月一三日以降再三にわたり、甲事件債権者に対し、本件建物の建設断念の申入れをした(乙四ないし八、九四)。

⑦ 甲事件債権者は、同年七月二〇日ころ、本件建物の建設工事のための道路工事に着手した(争いがない)。

3  場外車券売場に対する法規制

自転車競技法四条は、「車券の発売又は第九条の規定による払戻金若しくは第九条の三の規定による返還金の交付(以下車券の発売等という。)の用に供する施設を競輪場外に設置しようとする者は、命令の定めるところにより、通商産業大臣の許可を受けなければならない。」と規定し、これを受けて、同法施工規則四条の三は、許可基準を定めている。

なお、乙事件債権者らは、甲事件債権者が得た通産大臣の設置許可は、設置基準に適合しないばかりか、沖縄市長の同意書が偽造文書ないしは権限のない者によって書き換えられたもので、違法又は重大な瑕疵が存在する旨主張する。確かに、平成三年四月二五日付けで沖縄市長の作成名義でニュアンスを異にする同意書が二通存在すること(乙三、四〇)、この点の事実関係を調査するため、沖縄市議会において百条委員会が設置されたこと(乙四一ないし四三)、平成七年一一月二〇日に開かれた前記百条委員会において、沖縄市長が二通の文書をいずれも公文書と認める旨表明したこと(乙九五)が認められ、右同意書の作成経過には重大な疑義があるというべきであるが、このことが通産大臣の設置許可の無効をもたらす重大、明白な瑕疵に当たるかどうかは、別途判断されるべきことがらである。したがって、本件において、右の点は、乙事件債権者らの主張する人格権侵害が、受忍限度を超えているか否かを判断するに当たって考慮すべき要素であるということはできるとしても、これによって直ちに右設置許可が無効となり、乙事件債権者らの人格権の侵害が受忍限度を超えていることにはならないというべきである。

4  本件建物の概要及び利用計画等

もともと場外車券売場は、競輪ファンが競輪場に行かなくても投票できるというファンサービスの提供、暴力団等の資金源となるノミ行為の防止、競輪場における混雑の緩和等の目的で設置されてきたものである(甲三三)。

本件建物は、一〇五〇名収容のホールと車券の投票及び払戻しの窓口を備えたもので、久留米市が毎週三回(金曜日、土曜日、日曜日)午前一〇時三〇分から午後四時三〇分までの間施行する久留米競輪の状況を通信衛星で受信して、ホール備付けの大型スクリーンで同時中継して映出した上、競輪場と同様に車券の販売及び払戻しをするものである。甲事件債権者は、一日平均九〇〇人の入場者と一人一日平均三万円の車券発売を予定し、一日平均の売上額を二七〇〇万円、年間(一四四日開催)の総売上額を三八億三八〇〇万円と見込んでいる。甲事件債権者は、競輪の非開催日には、本件建物を多目的ホールとして地域住民の利用に供する計画を有している(甲八)。

本件建物が完成して場外車券売場としての営業を開始すれば、約九〇名の地元従業員の雇用が見込まれ、売上金の0.5ないし一パーセントが沖縄市に還元されるほか、収益金の一部は、学校建設等の公共施設の充実や社会福祉を目的とする交付金に充てられる(甲二八の三、二九)。

5  地域性

① 本件土地は、沖縄市の南端に近い地域に位置し、沖縄市をほぼ南北に走る国道三二九号線から約二〇〇メートル東側にある。本件土地周辺には現在用途地域の指定はないが、本件土地の東側から北側にかけての一帯では、現在比屋根土地区画整理事業が進行して、宅地造成や道路、公園の整備等が行われており、右事業区域の一帯は、第一種住居専用地域に指定されている(乙四八)。

本件土地へは、右の土地区画整理地域の都市計画道路に接道する専用道路から出入りすることとなっており、本件土地は、右の土地区画整理地域から約一〇メートル高くなった丘の中腹に位置する(甲八)。

② 乙事件債権者らのうち本件建物を中心として半径一キロメートル以内に居住している者は、比屋根地区の全部、与儀地区の殆ど、高原地区の約半数、県営比屋根団地、同浜原団地、同浜原第二団地の者等である。このうち、本件土地に最も近接する比屋根地区では、乙事件債権者らの大半が本件土地とは国道三二九号線を挟んで西側に居住しており、与儀地区及び高原地区においても、本件土地と同じ国道三二九号線の東側に居住する者はごくわずかである。また、県営比屋根団地、同浜原団地、同浜原第二団地は、国道三二九号線の東側に位置するが、前者は比屋根土地区画整理地域によって、後二者はいずれも県総合運動公園によって、本件土地から隔てられている。しかも、本件土地は、前記のとおり小高い丘の中腹に位置しているため、一応住民の居住地域とは地形的に遮断されている(乙七、八)。

③ 本件建物を中心として半径三〇〇メートル以内には、私立若松保育園、県立小児発達センターが、半径五〇〇メートル以内には、県立泡瀬養護学校、県総合運動公園等の文教、保健衛生施設がある。もっとも、本件建物から最も近くにある私立若松保育園も、本件建物とは丘の反対側に位置することから、本件建物からの直接の影響は、さほど大きくないと考えられる(乙一、四七)。

この他、本件建物を中心として半径一キロメートル以内には、市立美東中学校、市立高原小学校があり、本件建物周辺の土地区画整理地域にはこれらの学校の通学路も設置されている(乙四七、九四)。

他方、本件建物と最も近接する比屋根地区は、沖縄市内でも有数のモーテル(自動車ホテル)の多い地域である(乙二五)。

④ 沖縄県にはもとより鉄道がなく、本件建物は、国道三二九号線の近くに位置して交通の便は良いものの、バスの便が良くないため、競輪の開催日には、大半の入場者が自家用車で来ると予想される(乙五二、五三、五四の一ないし八)。

⑤  沖縄県では、パチンコ店やスロットマシン店の隆盛は見られるものの、いまだかつていわゆる公営ギャンブルが実施された例はなく、本件建物のような場外施設が建設されたこともない。また、数年来、県内各地で公営ギャンブルの施設建設の計画がいくつかあったものの、いずれも地元の反対運動により、計画段階で断念に追い込まれ、実現に至っていない(甲八、乙二八、五一)。

6  甲事件債権者の周辺対策、事故防止対策等

甲事件債権者は、当初約四四五台分の駐車場を確保する予定であったが、右駐車場予定地の地主の中に土地を駐車場に提供することに難色を示している者がいることから、充分な駐車スペースを確保できない恐れもあるため、本件土地から約4.5キロメートル離れた具志川市字前原の中城湾に面した太田建設の所有地に約一万二四〇〇平方メートルの代替用地を確保し、同所から専用のシャトルバスを運行させる計画を有している(甲八、二七、三五)。

また、甲事件債権者は、保安維持及び青少年対策として、所轄警察署と緊密な連絡を図り、暴力団員や未成年者が本件建物に入らないよう元警察官を警備員に配置するなどして、警備体制の充実強化に努力するほか、交通対策として、職員や警察官による交通整理を行う準備をしており、環境美化や騒音防止にも充分な対策を講じると表明している(甲八、二九、三一)。

二  以上の認定事実を下に、本件建物の建設によって乙事件債権者らにいかなる被害が生じうるかを、乙事件債権者らの主張に沿って、具体的に検討する。

1  教育環境の破壊

競輪等のいわゆる公営ギャンブルが、近年のファン層の拡大によって、大衆レジャーとしての側面を備えつつあるといっても、その本質が賭博であることは否定できず、とりわけ昼間から大人が働かずに一攫千金を目論んで一喜一憂する姿を目にすることが、青少年の健全な勤労意欲の育成に悪影響を及ぼすことは、乙事件債権者らの指摘をまつまでもなく、明らかである。

甲事件債権者は、所轄警察署と緊密な連絡を図り、未成年者が本件建物に入らないよう元警察官を警備員に配置するなどの対策を建てるとしているので、青少年が本件建物に立入ることは一応防止できると考えられる。しかし、後で認定するように、本件建物の周辺の路上等には、駐車場から溢れた入場者の車両が駐車し、入場者を当て込んだ飲食店が進出して、入場者等がその客として出入りする蓋然性が高いから、本件建物周辺の小中学校等の児童や生徒が、登下校の際などにこれらの入場者等と接することなどにより、健全な勤労意欲の育成に悪影響を受けるであろうことは、否定できないところである。そして、このような青少年に悪影響を及ぼす建物があるということは、その父兄ばかりでなく、付近の地域住民にとっても、人格権の侵害の一態様となるということができる。

もっとも、前記認定のとおり、競輪の開催日は毎週三回(金曜日、土曜日、日曜日)の午前一〇時三〇分から午後四時三〇分までであるから、本件建物に入場者が詰めかけるのもほぼ同じ時間帯に限られるのであって、本件建物周辺の小中学校等の児童や生徒が登下校の際などに入場者等と恒常的に接する可能性があるのは、専ら毎週金曜日及び土曜日(第二、第四を除く。)の下校時に限られ、本件建物周辺の土地区画整理地域の通学路を利用するのは、主として比屋根地区及び与儀地区の児童、生徒であると認められる。したがって、青少年に対する悪影響が具体的に生じうる範囲は、時間的にも地域的にも限定されているということができる。

2  生活環境の破壊

① 交通関係の被害

前記認定のとおり、競輪の開催日には、大半の入場者が自家用車で来ると予想されることから、交通渋滞や違法駐車が発生することが懸念される。このため、甲事件債権者は、前記認定のとおり、本件土地から約4.5キロメートル離れた具志川市内に駐車場用地を確保し、同所から専用のシャトルバスを運行させる計画を有しているのであるが、この対策の実効性については、自家用車で来た入場者の心理に照らすと、疑問があるといわざるを得ず、相当数の入場者が本件建物の周辺の路上等に車両を駐車し、このためある程度の交通渋滞が生じる可能性は、否定しがたい。しかし、前記認定の地域性からして、右の被害発生の具体的蓋然性があるのは、専ら本件土地と同じ国道側の地域に限られるのであって、本件土地に最も近接している比屋根地区はもとより、それより離れた地域においても、大多数の住民の居住地域が本件土地とは国道で隔てられている上、本件建物の一日の予想入場者が九〇〇名程度であることから、交通渋滞や路上駐車による重大な被害が生じるとは考えられない。したがって、右の被害を受ける具体的蓋然性があるのは、乙事件債権者らのうち、比屋根地区の本件土地と同じ道路側の地域に居住する者に限られるというべきである。しかも、前記認定のとおり、職員や警察官による交通整理を行う準備をしていることから、交通渋滞や路上駐車も、ある程度緩和されるものと考えられる。結局、疎明資料によっても、交通渋滞や路上駐車により健康被害が発生したり、交通事故が増加するといったことまでは認められず、乙事件債権者らに生じる蓋然性のある被害は、これらによる生活上の迷惑の域を出るものではないというべきである。

② 入場者等による環境の悪化

前記のとおり、競輪の開催日には、本件建物の周辺では少なからぬ路上駐車が発生すると予想される上、一般に、競輪等の公営ギャンブルの競技場若しくは場外車券売場等の施設の周辺には、入場者を当て込んだ飲食店が進出して、競技の開催日に多数の入場者等がその客として出入りすることから、本件建物の周辺においても、そのような事態が発生する蓋然性が高いと認められる(乙二八、九四)。このような入場者の多くは、競技の勝ち負けに一喜一憂するのであるから、気が荒立ちあるいはすさんだ者も少なからず現れるであろうことは否定できない。このような者が本件建物の周辺の路上等を多数徘徊するとなると、地域の雰囲気を害し、地域に風紀上悪影響を及ぼすことは明らかである。したがって、このような者が直接徘徊する範囲はもとより、その周辺のある程度の範囲の地域の住民についても、風紀上の悪影響という点において、人格権の侵害があるということができる。もっとも、前記のとおり、比屋根地区には、既に多数のモーテル(自動車ホテル)が進出していることから、この地域における本件建物の建設による雰囲気の悪化は、本件建物から近いとはいえ、相対的には緩和されたものといわざるを得ない。

また、競輪の開催日には、本件建物の周辺を徘徊する入場者が外れ車券や飲食物等のゴミを路上に巻き散らすという事態も予想されるところである。しかし、この点については、甲事件債権者が周辺の環境整備について清掃要員を配置して、地域社会に対する迷惑防止に万全を期すると表明していること(甲八)から、相当程度防止可能であるとみることができるのであって、これ自体を被害ととらえることは相当でなく、雰囲気悪化を考慮する際の一要素に止まるとみるべきである。

③ 乙事件債権者らは、本件建物の建設が沖縄市の都市計画や地域のコミュニティ形成に悪影響を及ぼすと主張するところ、そうした懸念自体は否定できないところである。しかし、これは、沖縄市等の地方自治体の行政上の問題であって、住民の人格権固有の問題ではないというべきであるから、乙事件債権者らの被害とみることはできない。

3  犯罪の発生

過去に公営ギャンブルが原因となって窃盗、強盗、恐喝、誘拐といった犯罪が発生したことがあったことは、乙事件債権者らの指摘するとおりである。しかし、これは沖縄県全体に発生するであろう問題であって、本件建物の周辺においてこれら犯罪が多発する具体的危険性があるとは認められないから、乙事件債権者らの被害とみることはできない。

また、暴力団が公営ギャンブルをノミ行為等格好の資金源としていることは公知の事実であり、本件建物が建設されて甲事件債権者が営業を開始すれば、暴力団がこれを目当てに活動するであろうことは、容易に予想されるところである。しかし、前記のように、甲事件債権者が暴力団員が本件建物に入らないよう元警察官を警備員として配置する計画を有していることや本件建物の周辺は警察の取締りも厳しいと予想されることから、暴力団員が本件建物やその周辺を徘徊することは考えにくく、むしろ他人を使うなどして隠れて活動するケースが多いと考えられる。したがって、暴力団員が介入することによって犯罪が発生する可能性があるということは、本件建物の周辺に限られる現象ではなく、これまた乙事件債権者らの被害とみることはできない。

4  沖縄市のイメージダウン

本件建物の建設により沖縄市のイメージが悪化するという懸念は、否定できないところである。しかし、この問題は、前記3③の問題と同様、沖縄市の行政上の問題であることが明らかであって、住民の人格権固有の問題ではないから、乙事件債権者らの被害

とみることはできない。

三  乙事件債権者らの差止請求の可否

一般に、人体の生命、身体、健康等の人格権ないし人格的利益を侵害され、又は将来これを侵害される蓋然性のある者は、当該侵害行為の内容及び程度、被侵害利益の性質及び内容、侵害行為の公共性及び重要性並びに被害発生防止のための措置の有無及びその内容、効果等の諸事情を総合して判断した結果、被害者が現に被る被害、又は将来被る蓋然性のある被害が社会生活上の受忍限度を超える程度と認められる場合には、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、当該侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、乙事件債権者らが将来被る蓋然性のある被害とは、青少年の健全な勤労意欲の育成に及ぼす悪影響、本件建物への入場者が徘徊することによる風紀上の悪影響、周辺の道路の交通渋滞や路上駐車による迷惑が主なものである。こうした被害にかかる利益は、一応広義の人格権に包摂されるといえるとしても、これにいかなる法的保護を与えるかは、検討を要するところである。すなわち、このように、乙事件債権者らが将来被るであろう被害は、生命や身体、健康に対する被害といった、人格権の中核とされる身体的利益に関する被害ではなく、精神的利益に関する被害に属するものであるが、同じ精神的被害の中でも、従来から人格権として保護されてきた、プライバシーや名誉、肖像権といった個人に一身専属の利益に対する侵害とは異なり、いったん侵害されると回復しがたい打撃を残すというものではないから、その侵害の程度とは、各個人のレベルでは、それほど深刻なものではない、したがって、乙事件債権者らが将来被るであろう不利益は、生命や身体、健康に対する被害、あるいはプライバシーや名誉、肖像権に対する侵害と比較した場合、救済の必要性の高い類型のものとはいえない。

更に、乙事件債権者らが将来被る蓋然性のある被害の内容について検討すると、前記の被害のうち、青少年に及ぼす悪影響が最も憂慮すべきものであるが、前記認定のとおり、この被害が具体的に生じうる範囲は、時間的にも地域的にも限定されているのであって、広い範囲の地域住民に多大の不安を与えていることは十分理解できるとしても、その不安は、多くの乙事件債権者らにあっては、抽象的レベルに止まるものといわざるを得ない。次に、本件建物への入場者が徘徊することによる風紀上の悪影響は、前記のとおり、最も近接した比屋根地区においてもある程度相対化されたものであって、青少年への悪影響と比べると、より抽象的、かつ程度が低いものということができる。更に、周辺の道路の交通渋滞や路上駐車による迷惑は、前記認定のとおり、その範囲が一部の者に限定されている上、殆ど具体的被害に結び付くものではなく、果たして人格権侵害といいうるものか、疑問がなくはない。これらの乙事件債権者らの被害を総合しても、具体的被害に達しているものは限られており、かつ、その程度もさほど深刻なものではなく、全体としてみれば、抽象的レベルに止まっているといわざるを得ない。

他方、侵害行為の公共性及び重要性等について検討すると、本件建物の建設は、公営ギャンブルである競輪の場外車券売場の設置を目的とするものであり、ファンへの娯楽の提供であるとか、若干の雇用の拡大、沖縄市の財政への寄与等といった効用も考えられないではないが、沖縄県でいまだかつていわゆる公営ギャンブルが実施された例がないことからして、競輪ファンに対するサービスの提供であるとか、ノミ行為の防止、競輪場における混雑の緩和といった、場外車券売場設置の本来の目的は認められない上、沖縄市議会や市長が反対を表明していることからして、沖縄市の財政に寄与しうるかどうかも疑わしいところである。また、乙事件債権者らに対する被害以外にも、前記のとおり、暴力団の資金源となる懸念、競輪への深入りを原因とする犯罪や家庭の崩壊等が発生する懸念も、否定できないところであり、その他、本件土地周辺の都市計画に与える悪影響や沖縄県民のこの種の公営ギャンブルに対する拒否反応等も考慮すると、本件建物の建設の公共性及び必要性は、相当に低いといわざるを得ない。

なお、前記認定のとおり、沖縄市長作成名義の同意書の作成経緯には疑義があることに加え、甲事件債権者が地元住民の十分な理解と協力を得ないまま本件建物の建設を強行しようとしていることは、まことに遺憾なことであり、本件建物の建設により乙事件債権者らが被るであろう被害が受忍限度を超えているか否かを判断するに当たり、積極に働く一事情ということができる。

しかしながら、乙事件債権者らが将来被るであろう不利益は、もともと救済の必要性が低い類型に属する上、地域性や甲事件債権者の被害防止の対策等もあって、その侵害の程度も、全体としてみれば具体的かつ深刻なものではないから、本件建物の建設の公共性及び必要性が低いことや、本件建物の建設に至る経緯に問題が存することを考慮に入れても、いまだ社会生活上の受忍限度を超える程度には達していないとみるのが相当である。

結局、乙事件債権者らの人格権に基づく差止請求権の被保全権利の疎明は、不十分であるというほかない。

四  所有権に基づく差止請求について検討する。

乙事件債権者兼城らは、当該土地に太田建設が病院を建設するということで貸したのであり、本件建物の建設は目的外使用にあたるから、平成六年三月二一日、土地の賃貸借契約を解除した旨主張するが、乙事件債権者提出の疎明資料によっても、解除原因事実を認めることはできない。

また、乙事件債権者兼城らは、契約解除が有効ではないとしても、契約において太田建設が他人に転貸する場合は事前に書面で賃貸人の承諾を得る必要がある旨の条項があるので、賃貸人である乙事件債権者兼城らはその承諾を拒絶する予定であると主張するが、太田建設としては甲事件債権者に対する転貸が承諾されない場合は太田建設が自ら駐車場を経営しそれを本件建物に来る人達に貸す予定である(甲二九)ことからすれば、乙事件債権者兼城らの主張は理由がないというべきである。

五  甲事件債権者の工事妨害禁止の申立てについて検討する。

前記の認定事実によれば、甲事件債権者は、専用道路の通行権及び本件建物新築の権利を有していると解するのが相当である(前記のとおり、本件建物の公共性及び重要性が低いということから、その建設が直ちに権利の濫用になるわけではない。)。

また、疎明資料(甲八、一〇、一一、一五、一六、二四、三四)によれば、平成七年八月一日午前、甲事件債務者らを含む多数の者が、本件建物の建築工事の道路位置指定道路入口の通路部分に壊れた自動車二台を置き、その近くに仮設用テントを設置して同所に常時一〇人以上の者が座り込みをして、右道路を封鎖していること、その結果、甲事件債権者の工事用車両の出入り及び工事現場から土砂の搬出、工事用機材の搬入等が妨害されていること、そのため同日以来工事用仮設道路開設工事が遂行できない状態にあること、擁壁工事が妨害により遅れたことにより約八〇〇万円の損害が生じていることが認められる(なお、平成七年九月二七日の審尋期日において、当裁判所の仮処分決定があるまでの間、甲事件債権者は擁壁工事を除き、新築工事及びこれに付帯する一切の工事をしないこと、乙事件債権者らは、通路に通行の妨害となる柵その他の工作物を設置するなどして、擁壁工事を施工するために通路を通行することを妨害しないことを要旨とする暫定的和解が当事者間で成立しているので、現在では妨害行為は合意により一応停止している。)。

したがって、本件建物の建築工事及びその付帯工事に対する妨害禁止の仮処分を得なければ、甲事件債権者が本案訴訟において勝訴判決を得ても、回復しがたい損害を被るおそれがあるというべきであり、保全の必要性も存在すると認められる。

六  以上のとおり、甲事件債権者の工事妨害禁止仮処分の申立ては、理由があるが、乙事件債権者らの久留米競輪の専用場外車券売場建設差止仮処分の申立ては、被保全権利の疎明が不十分であるから理由がない。

(裁判長裁判官朝山芳史 裁判官杉浦徳宏 裁判官加島滋人)

別紙<省略>

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